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福岡高等裁判所 昭和26年(ネ)492号 判決 1953年5月07日

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の宅地及び建物について昭和二十四年十二月二十三日附売買に因る所有権移転登記手続をしなければならない。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め且つ主文第二項の請求が理由がない場合の予備的請求として「被控訴人は控訴人に対し金二万七千円及びこれに対する昭和二十四年十二月二十四日より完済まで年五分の割合による金員を支払わなければならない」という判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴並に本件予備的請求はいずれもこれを棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」という判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において「被控訴人は控訴人より借受けた五口合計金二万七千円の本件債務の担保として昭和二十四年十二月二十三日その所有に係る本件宅地及び建物を控訴人に売渡し、昭和二十五年五月三十日までに右債務を弁済しない場合には直ちに控訴人に対し右不動産について所有権移転登記手続をなし完全に控訴人の所有とすることを確約したにかかわらず、約定の期限を経過してもなお右債務を弁済しないので、右不動産は控訴人の所有に確定したものであるから、被控訴人に対し右所有権移転登記手続を求める次第である。仮に右売買の事実が認められない場合には、被控訴人に対し本件貸金合計二万七千円及びこれに対する昭和二十四年十二月二十四日以降完済まで法定利率年五分の割合による利息の支払を求め、又もし本件貸借が貸金業等の取締に関する法律に違反し無効だとすれば、被控訴人は本件貸借によつて法律上の原因がなくして金二万七千円を利得したことになるから、該金員及びこれに対する昭和二十四年十二月二十四日以降完済まで前同一利率による法定利息の支払を求める」と陳述し、被控訴代理人は「控訴代理人の右主張事実中被控訴人の従前の主張に反する点はいずれもこれを否認する」と陳述した外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

証拠(省略)

理由

控訴人が被控訴人に対し昭和二十四年十二月七日より同月二十三日までの間数回にわたり合計金二万七千円を貸与した事実は当事者間に争がない。なお被控訴人は昭和二十五年八月十二日の原審口頭弁論において昭和二十四年十二月二十四日の右最終借入れの際右金員について控訴人に証書を差入れ、その返済ができないときは被控訴人所有の別紙目録に記載する本件宅地及び建物を昭和二十五年五月三十日までに控訴人名義に所有権移転登記手続をすることを約束した旨自白したことは記録上明らかである。控訴人の原審代理人は、その後同年十月三日の原審口頭弁論において、右自白は錯誤によるものとしてこれを取消したけれども、原審並に当審における被控訴本人のこの点に関する供述はたやすく信用することができないし、その他に右自白が事実に反し且つ錯誤によるものであることを認むるに足る証拠がないから、右自白の取消はその効力がない。しかも原審並に当審証人吉田国男の証言、原審並に当審における控訴本人尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨を斟酌すると、本件宅地及び建物は本件貸金債務に対する売渡担保の目的で被控訴人より控訴人に対し売渡されたものであるが、被控訴人において昭和二十五年五月三十日までに右債務を弁済しない場合には、その弁済に代えて該宅地建物は当然控訴人の所有に確定する約旨であることが認められる。他に右認定を覆すべき証拠はない。

次に被控訴人は、昭和二十四年十二月二十五日控訴人に対し本件借用金は利息三千円を加えて合計金三万円を弁済したと主張するので、この点について検討するに、原審証人米村清信、当審証人村橋清輝の各証言、右米村の証言によつて成立を認むべき乙第六号証、原審並に当審における被控訴本人の供述、該供述によつて成立を認むべき乙第二及び第五号証によると、被控訴人の主張を支持すべきもののようであるが、この点に関するこれらの証拠は以下説明の理由によつてこれを信用することができない。

すなわち、右証人米村清信、同村橋清輝の各証言並に被控訴本人の供述によると、被控訴人は本件借用金を弁済するため従弟にあたる右米村に金融を依頼し、米村は八代市松高農業協同組合に対する自己の預金中から乙第五号証(証明書)記載のとおり昭和二十四年十二月二十一日金四万円の払戻を受け、乙第六号証(借用証書)記載のとおり同月二十五日その内金三万円を被控訴人に貸与し、被控訴人は同日控訴人に該金員を支払つたというのであるが、右農業協同組合の貸附係である原審証人穐田優の証言によると、被控訴人より税金のため他から借りた金を支払うから金を貸してくれという申出があつたので、同農業協同組合は昭和二十四年十二月二十四日頃赤字貸出(当座貸越)として被控訴人に金三万円を貸与したというのであつて、右両供述は金員払出の日時、金額、払出原因、払出先等全く矛盾しているのである。預金の払戻にせよ赤字貸出にせよ農業協同組合の出納に関するものであれば、組合の帳簿伝票等によつて事は明瞭となるのが普通であるのに、かように供述が著しくくい違つているとすれば、いずれの供述にもにわかに信用がおけない。又被控訴本人の供述によると控訴人に金三万円を支払つたのは前示のとおり昭和二十四年十二月二十五日だというのであるが、控訴人に対する貸金業等の取締に関する法律違反被疑事件について被控訴人が八代市警察署に提出した乙第二号証の上申書によると、その支払の日時は同月十八日で本件貸金の一部についてはまだ貸借も成立していない頃となり支払の日時についても矛盾がある。更に又、被控訴人は所得税追徴税等合計四万八千円余を滞納したため同年十月十五日八代税務署より有体動産の差押を受け、その後その一部を納税したが残余の納税に窮した結果、訴外氷水清の斡旋によつて金貸をしている面識もなかつた控訴人より五回に分けて本件金員を借用し滞納税金の内払にあてたことは成立に争のない乙第四号証の一、二、控訴本人及び被控訴本人の各供述によつて明らかである。しかるにもし、被控訴人が従弟米村の預金を同人から借受けたことが事実だとすれば、従弟の預金を借りられる程なら面識もない控訴人より本件金員を何回にも借るには及ばなかつたであろうし、又被控訴人に貸与するため米村が松高農業協同組合より預金の払戻を受けたのが同年十二月二十一日だとすれば、少くもその後同月二十三日控訴人より借用した最終の本件借用金(その借用金額は控訴本人の供述によると金一万四千円である)については、その借用の必要事情の説明にも困難を来たそう。それのみならず、原審並に当審証人吉田国男の証言、当審証人氷水清の証言の一部、原審並に当審における控訴本人の供述、同供述によつて成立を認むべき甲第三号証、氷水清名下の拇印の成立に争がないので少くも同人名義の部分については成立を認むべき甲第一号証によると、控訴人は同年十二月二十三日最終の金一万四千円を被控訴人に貸与した際本件宅地及び建物の売買に関する売渡証書を被控訴人より受取りその前の四口の本件貸金について被控訴人が差入れていた甲第三号証の借用証書は本件貸借を斡旋した氷水清に返し、右売渡証書は自宅の机の抽斗に入れていたところ、その日控訴人の不在中該売渡証書が紛失していたので、控訴人は同日被控訴人にその事情を告げ売渡証書の再交付方を懇請したけれども被控訴人はこれに応じなかつた。そこで控訴人は氷水清と協議の上紛失した売渡証書に代るべき甲第一号証の売渡書を作成し保証人として氷水の署名拇印を得たが、氷水はその売渡書に被控訴人の署名拇印を求める交渉を回避したので、控訴人は訴外吉田国男とともに同月二十五日より同月二十七日まで連日被控訴人方を訪ね被控訴人に売渡書の再交付方を懇請するとともに、もしそれができなければ領収書を渡すから本件貸金を直ちに支払つてもらいたいと交渉したけれども、被控訴人は売渡書の再交付を承諾しないのみならず、先に差入れた売渡証書を返さなければ本件貸金の支払をすることもできないといつて交渉に応じなかつた事実を認めるに充分であつて、証人氷水清、村橋清輝の各証言及び被控訴本人の供述中叙上の認定に反する部分は信用することができないし、他にその認定を左右する証拠もない。されば右認定の事実からみても被控訴人主張の弁済の事実は到底認められない。なお成立に争のない乙第三号証の領収証は成立に争のない甲第二号証及び控訴本人の供述によつて明かなように、控訴人が被控訴人方に前示交渉に行く際持参して行つた控訴人作成の領収証であるが、被控訴人が本件貸金の支払をしなかつたので自宅に持帰つて保管中前記刑事事件について警察職員により家宅捜索を受けた際押収されたものであつて被控訴人に差入れてあつたものではないから、被控訴人主張の弁済の証拠とはなり得ない。従つて被控訴人の弁済の抗弁は理由がない。

されば、本件宅地建物は本件貸金債務に対する売渡担保として控訴人に譲渡されたものであるが、被控訴人において該債務を弁済した事実が認められないから、該宅地建物は前示約旨に基き約定の期限経過とともに控訴人の所有に確定したものといわなければならない。従つて被控訴人は控訴人に対し本件宅地建物について前示売買による所有権移転登記手続をなす義務があること勿論であつて、その登記手続の履行を求める控訴人の本訴請求は正当として認容しなければならない。

そこで右とその趣旨を異にする原判決は不当であつて本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(別紙目録は省略する。)

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